ペルシア戦争とペロポネソス戦争の「意味」の違いについて

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今回上げた本編の中に、ペルシア戦争の話が出てきたので、少し触れてみます。

ペルシア戦争そのものについては、私の説明よりもWikipediaを見たほうが早いと思うので、リンクを張っておきます。
Wikipedia―ペルシア戦争

ペルシア戦争は、実に華々しい戦いです。

ペルシア戦争での敵であるアケメネス朝ペルシアは、当時世界最大の領土を持つ国でした。最盛期の支配領域はギリシア本土の70倍はあったとみられ、人口比でも40~50倍以上の差がありました。その富もすさまじく、アレクサンドロス大王が首都の一つペルセポリスを陥落させた時、そこには12万タラントン(デロス同盟の年収200年分!)の蓄積があったと伝えられます。
(9/6追記:ここでのタラントンはどうも黄金の重量(1タラントン=約26kg)なので、貨幣単位としてのタラントン(銀換算)よりも価値があります。つまりデロス同盟年収の200年分どころじゃなく、その数十倍の価値があったことになります。ひぇー)
これほどの敵が、王自ら率いてきた大軍(2度目の遠征の総兵力をヘロドトスは兵力約250万と伝えています)を、ギリシア人たちは打ち破り、さらに小アジアの同胞諸都市も解放しました。
現代でも語り継がれるマラトン・テルモピュライ・サラミス・プラタイアの戦いは、当時のギリシア人にとっても大変な誇りで、事あるごとに話題に出されました。この、ペルシア戦争を戦った「誇り」については、「戦史」本編の演説でも何度か言及されてます。

はっきり言って、ペルシア戦争はペロポネソス戦争よりもよっぽど派手で、日本での知名度もずっと高い戦いです。2007年に「300」という映画で取り上げられたので、それで初めて知ったという人も多いと思います。
(ちなみに私は「300」は未見です)
動画的にも、たぶんペルシア戦争をやったほうが派手で面白いはずです。どの会戦もエピソード満点、大軍同士がぶつかり合い、しかも日本人が大好きな「叶わぬ敵に命を賭して立ち向かう」とか「小が大を制す」とかをたっぷりやってくれるのです。
(ほんと、だれかやってくれないかなぁ)

そこへ行くと、ペロポネソス戦争は地味です。トゥキュディデスは「ギリシアでこれほどの戦いはかつてなかった」と言っていますが、当時最大の人口があったアテナイですら、動員兵力は3万程度(陸上のみ)です。ペルシアのような明確な外敵ではなくギリシア人同士の争いでは、一方的に盛り上がることもできません。両陣営ともなかなか相手に決定打を与えられず、終結後もギリシアが統一するような状況にはなりませんでした。優れた指揮官もいましたが、戦術・戦略には拙いものも多く、ペルシア戦争のマラトン・サラミスに匹敵するような大会戦もありません。

しかし、ペロポネソス戦争は、ペルシア戦争では詳細に描かれていない、国家と人間の闇の部分が浮き彫りにされた戦争でした。強国の傲慢さと弱小中立国への容赦ない仕打ち、戦争で荒んでゆく人々の道徳を、「戦史」は、いくつも例をあげて描いています。 互いの戦力が拮抗し、なおかつ同族同士の戦いであるからこそ、現代の我々にも通じる政治的・道徳的な問題がギリシア人にも降りかかったのです。

だから私は、ペルシア戦争よりもペロポネソス戦争の世界のほうに、現代の人間を送り込んでみたいと思ったのです。

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