アイペロ 第4話その2について

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りっちゃんたちデルポイへ。
アポロンとの出会いと、神々からの無茶振り。

 
 
ボエドロミオン月:
アテナイの暦では、一年は夏(現在の7月中~下旬)に始まりますので、ボエドロミオン月はアテナイ暦では3月になります。
アテナイの歴史はいわゆる太陽太陰暦で、決まった年ごとにうるう月を入れてずれを調節していました。

デルポイまで150km:
古代ギリシアの感覚では、一日に歩く距離は30~35kmくらいだったようです。ヘロドトスは、大体一日35kmを基準に徒歩での移動日数を計算しています。そのため、男の足だったら5~6日くらいということになるでしょうか。途中山道があるので、結構大変そうですが。

エレウシス:
動画にあるとおり、豊穣の神デメテルと、その娘で冥界の妃ペルセポネ(コレー)の聖地です。この地ではミケーネ時代から特別な「秘儀」が行われており、当時も大変栄えていました。ギリシア人や後のローマ人は、このエレウシスで秘儀を受けていること自体がステータスになりました。
「秘儀」については、こののちペロポネソス戦争の動向に大きく影響する事件が起きることになります。

オイノエ:
オイノエの写真は、実は地図にも名前だけ載ってる現在のエレウテライの城壁です。この城壁はペロポネソス戦争後の前四世紀に建造されたもので、非常に立派な城壁といくつかの塔が、2300年たった今も残っています。
「戦史」の記述だとオイノエも立派な城壁をもっていたことをうかがわせるので、画像を流用しました。
オイノエがアテナイに帰属するようになった経緯は動画の通り。

プラタイア:
現ギリシアのプラタイアの郊外に、城壁の名残のみが丸く残っています。背景写真はその城壁跡の様子です。
(城壁そのものの画像は近世のまったく関係ない城壁。いい画像がなかったので)
プラタイアについての話は、ペロポネソス戦争開戦時のエピソードでまた扱います。

ソクラテスは世界一賢いんだ!:
この男はカイレポンという、ソクラテスの熱烈な崇拝者です。わざわざデルポイまで出向いて「ソクラテスより知恵のあるものはいるか」と尋ね、「より知恵のあるものは一人もいない」との神託を授かりました。この神託が、ソクラテスが新たな哲学の道へ進むきっかけのなったのは、高校の倫理なんかでも教えているはず。
この翌年にはペロポネソス戦争が始まってデルポイには簡単に行けなくなるので、このタイミングで神託をもらったことにしました。
でも、ソクラテスはまだカルキディケ半島に出征中で、アテナイにいないけどね!

テスピアイ:
ボイオティアの有力ポリスで、ギリシアのポリスとしてはまぁ中堅どころといったところです。もちろんボイオティア同盟に参加しており、後年アテナイと陸戦で激突することになります。
あと、途中のルートにレウクトラがあります。ラケダイモン(スパルタ)は、後年ここで名将エパメイノンダス率いるテバイに大敗北を喫しますが、それはペロポネソス戦争より大分後の話です。

コパイス湖:
ボイオティアにあった湖です。現在は大部分干拓されて農地になってしまっていますが、当時はギリシア一大きな湖でした。ここはウナギの名産地として名高く、喜劇の台詞にも「コパイス湖のウナギ」は謳われています。地図のコパイス湖は等高線の低いところを拾って塗りつぶしただけ。

レバデイア:
ヘリコン山の近くにある、ギリシアからローマにかけて栄えた町です。ここにはトロポニオスの洞窟と呼ばれる聖地があり、デルポイには及ばないものの有名な宣託所がありました。今でもこの洞窟は存在するらしいです。

ウナギ:
古代ギリシアのウナギ料理の画像がなかったので、日本のもので代用。これはこれで大変うまそう。
ギリシアのウナギ料理のレシピを探したんですが、見つかりませんでした。
そしてウナギシチュー。友人によれば、「有名店のは、見た目はともかく味はそこそこいける」とのことでした。まぁ、まずい店のは本当にまずかったようで「イギリス人は素材の味を殺す天才。食材は日本より新鮮なくらいなのにもったいない」と言っておりました。

ヘリコン山:
古来音楽の女神ムーサの聖地として名高い山です。他にも聖なる泉があったりと、神聖な場所として知られていました。
実際のヘリコン山は、りっちゃんの行く街道よりもう少し南にあるので、正確には「ふもと」じゃないんですが、まぁ細かいことはいいんだよ。

私は (・3・) トブー:
トブーな春香さんが大好きです。

レバデイアからデルポイまで:
結構距離があり(40kmくらい)、しかも山道が多いので、この時代こんなに早く歩けたか疑問ですが、この道筋にはあまり宿泊できそうな場所がないので、飛ばしてもらいました。まぁ、荷物は召使いが全部持ってくれるので、がんばればいけるよきっと。
2世紀の旅行家パウサニアスは、どうもパルナッソス山の北側に回って、山を越える道でデルポイに入ったようなので、当時はそっちが主要な道だったのかもしれません。

デルポイの遠景:
画像は現在のデルポイの町です。遺跡としてのデルポイとは少し離れて存在してます。古代でもポリスとしてのデルポイと神域としてのデルポイは分かれて存在していました。ポリスとしてのデルポイの遺跡もわりと残っているみたいです。

予言の地を奪ったアポロン:
ギリシア神話の神が浸透するまえから、このデルポイは聖地としてあがめられていたと考えられています。ピュートーンはガイアの子ですので、ここでもオリュンポスの神は古い神から権利を奪ったことになります。

神域としてのデルポイ:
現在、かつての神域は世界遺産に認定されています。最盛期には地中海世界各地からたくさんの奉納品や宝物庫がささげられ、神域をきらびやかに彩っていたことでしょう。ヘロドトスやパウサニアスには、金銀でできた財宝や青銅でできたたくさんの奉納品の記述があります。

ピュティア競技祭:
4年にデルポイで一度開かれる競技祭で、オリュンピア、ネメア、イストミアの各競技祭とともに並び称される大祭でした。元々は演奏と詩歌の腕を競う競技祭でしたが、時代が下ると運動競技も催すようになります。
音楽競技にはホメロスも参加を希望しましたが、盲目だったために許されなかったという言い伝えがあります。

ヘシオドス:
現在では知名度は劣りますが、古代ギリシアではホメロスと並び称された詩人です。この世界の成り立ちからオリュンポスの神々が世界の支配権を得るまでを描いた「神統記」や、前7世紀当時のギリシアの農民の生活を牧歌的に歌い上げた「仕事と日々」という詩が残されています。
実はまだ作品を呼んだことがありません。図書館にも置いてないんだよなぁ。

キタラ:
画像にもあるとおり、古代ギリシアの竪琴です。古代ギリシアには他に亀の甲羅を利用したリュラという竪琴もありましたが、キタラのほうがより複雑な構造をしていて、プロの音楽家用の楽器でした。

アポロン神殿:
現在では基壇しか残っていませんが、ここが神託所の中心でした。毎月7日に、抽選に当たったものだけが神託を受けることができました。ただし、多くの寄進をした王侯などには優遇措置があった模様。

どっちに転んでもいいような予言:
まぁ、この手の神託の基本ですよね。
現代の研究者には、恣意的な神託を下すこともあったのではと考えられています。ある研究によると、デルポイを親ラケダイモン勢力が実行支配していたペロポネソス戦争中は、ラケダイモンに有利な神託が多く下されているとか。

貫禄の紳士スタイル:
古代ギリシアの神ならちかたない。
りっちゃんたちが反応しないのは、神様の威光とかそういう奴にあてられているせいですきっと。


アポロン:
物の本によれば、元は小アジアの植物育成に関わる神格だったのが、ギリシア神話に取り込まれたということのようです。動画にあるように、いろんな属性を持っており、突然の死を与えるという属性から疫病神、または医学の神としても崇拝されました。以前紹介した医神アスクレピオスはアポロンの息子です。
古代ローマではさらに太陽神としての性格も与えられ、さらに崇拝されました。
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