過去と現代の「スパルタ教育」について

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今回、スパルタ人の国制と題して2つの動画を上げました。





そのうち前編では、いわゆる「スパルタ教育」について触れています。
このスパルタ教育、古今賛美者が多く、「最近の若者をスパルタのような教育で叩き直せ」という人が多いのは、ご存じの通り。
しかし、動画のマイリストコメントに書いたとおり、これは実に皮相的な意見です。

動画で見たとおり、本当の「スパルタ教育」(ギリシア語でアゴーゲ)は、その内容は言うまでもなく、その目的も、「若者を叩き直す」という甘いものではありません。
彼らの目的は「スパルタ社会に尽くす市民を作るため」であり、さらにそれは「従属民や農奴を押さえつけるため」のエリート教育でした。
そもそもが、「別な大多数を虐げて搾取するため」の教育なのですが、「スパルタ教育」≒「ただの厳しい教育」と受け取っている人には、わからないことかもしれません。
そして、そのような教育を受け続けた場合の弊害も、彼らには思い至らないのでしょう。


ラケダイモンはペロポネソス戦争勝利後、四半世紀にわたってギリシア最強国となりました。しかしその後はテバイに敗れ、さらにマケドニア、そしてローマの台頭によって、その存在感はどんどん低くなり、ローマが地中海世界を制覇した時には、ギリシアの一地方都市にすぎなくなっていました。
古代ローマ時代、スパルタの習俗は書物にも書かれ、一部の人間の称賛を受けましたが、肝心のスパルタ市にはローマ式の劇場が建設されていました。(これは現在も残っています)

テバイに負けたのは、テバイの名将エパメイノンダスとペロピダスによるところが非常に大きいので、もしこの二人がいなければ、ラケダイモンの覇権はもう少しだけ続いたかもしれません。
しかし、スパルタ人社会は、外界との経済的・文化的接触を考慮していませんでした。
(商工業については、スパルタ人はすべて従属民に担当させていました)

ラケダイモン弱体の理由の一つは、ペロポネソス戦争の勝利で、ギリシア各地から多くの富が流入し、スパルタ式社会の前提である「平等性」が崩されたからだ、と言われています。つまり、勝っても負けても、根幹にかかわる衝撃を受けてしまうほど、スパルタ人社会はもろい一面があったのです。
ラケダイモンという国の枠組み以外を支配する方法を、スパルタ人社会は見つけることが出来ませんでした。

ここから導きだされる結論は、どう考えても「柔軟性を失った時に国は滅びる」になると思うのですが、現代の「スパルタ教育」信奉者は、そういった面も考慮した「スパルタ教育」を展開する自信があるんでしょうかね。

というわけで、世の中の「スパルタ教育」好きは、どうも私には胡散臭く思えるのです。
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