アイペロ 第5話その2について

ここでは、「アイペロ 第5話その2について」 に関する記事を紹介しています。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


伊織、真、雪歩の様子と黒井の策動再び。ペロポネソス軍進軍開始。
 

ニキアスの立候補:
ニキアスがペロポネソス戦争後、いつから将軍になっていたのかは不明ですが、名前が出てくるのはもう2~3年後です。なので、こんな理由で立候補しなかったということにしてみました。

ニキアスの本業:
採掘請負というか、採掘のための奴隷を貸し出すようなことをやっていたので、実際には採掘の指揮を執っていたわけではないはず。
この事業は、いおりんの言葉どおり彼の父から受け継いだものです。

ニキアスの友人:
「戦史」の端々に、ニキアスの交友関係の広さをうかがわせる個所があります。彼は貿易に従事していたわけではないのですが、まぁアテナイ一の金持ちとしてある程度顔が利いたところに、積極的に人脈を形成していったということにしておきます。

情報の入手:
いつの時代も重要な事ですが、この時代(というより情報通信の文化や技術が発達する以前)は特に、ごく一般的な情報の入手もかなり困難だったと予想できます。ニキアスのように人脈を持っている人間は、この点でも一般人より圧倒的に有利な立場だったはずです。

カルキディケのポルミオン:
彼はペロポネソス戦争後もしばらくカルキディケに残って作戦を続けています。
兵力はそれほど多くありません(重装歩兵1600)が、敵の農地を荒らしたり、デロス同盟側にとどまったポリスの人心を掌握したりしていたのでしょう。

碑銘を読む女神アテナ:
「沈思のアテナ」と呼ばれる有名なレリーフで、アテナイのアクロポリスから出土したものす。この彫刻の解釈は色々ありますが、ペルシア戦争で倒れた兵士の墓碑銘を読んでいるという説が有力なようです。実物は高さ50cm足らずの小さなものですが、私の一番好きなアテナ神像です。

アテナイで三本の指に入る戦上手:
ポルミオンは歴戦の将軍として、ペロポネソス戦争前からその声望は高かったようです。どんな政治家も劇中でコケにするアリストパネスですら、後にポルミオンの事を称えています。
後の二人のうち一人はペリクレス、ということにしておきましょう。部隊指揮官としてはポルミオンのほうが上でしょうが、この時期に大軍を率いる器量があるのは他にペリクレスくらいだと思います。
残りの一人は……、史実とは違いますが、「アイペロ」としては決まっています。まだ動画未登場ですが。

海での戦いならかなうやつはいない:
陸戦ならば「アテナイ三本の指」ですが、海戦限定なら、間違いなく当時の地中海世界最高の指揮官と断言できます。
当時どころか、地中海世界の古代史でも一、二を争う名将ではないかと、個人的には思っていたり。

心霊(ダイモーン)のささやき:
ソクラテスが何か行動をしようとする時、それが「善くない」ことだと、この「ダイモーン」がソクラテスに「それをしてはいけない」とささやいたといいます。後のプラトンの著作(ソクラテスの弁明)からだと、基本的に「してはいけない」という言い方をするだけで、「こうしなさい」という指示はしなかったようです。だから、「本当に何が善いことなのか」は自分で考えなければいけない、ということになります。実にソクラテスらしい。

ペロポネソス連合軍の宿営地:
動画では適当にコリントス付近にしています。このあたりは開けててちょうどいい感じなので。
そして、コリントス領内ということで、黒井が出張ってくる、と。

オイノエ攻撃:
実は「戦史」には「オイノエからアテナイ領に侵入した」とあります。この通りだとするとボイオティア側から侵入したことになるんですが、イストモス地峡から直接ボイオティアに行くには、結構な山地を越えていかなければいけません。現在も主だった道はつながっていないようなので、「オイノエに寄り道した」というような進軍経路にしています。

オイノエ攻撃の意味:
動画では黒井がそそのかしたことになっていますが、実際、オイノエを奪取する利点は、連合軍としてはほとんどないように思います。あるとしたら、歴史的にこの地を狙っていたテバイの思惑くらいでしょうか。
「アテナイからの和睦を引き出す時間稼ぎだった」という見解は「戦史」に記されている当時の推測です。

 
スポンサーサイト
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。